第四部 鳥羽伏見から五稜郭へ

第四部 鳥羽伏見から五稜郭へ

高画質 200ポイント
この作品はご利用のブラウザでは再生できません。
詳細はこちらをご確認ください。
新薩長の思惑通り、倒幕の空気はますます盛り上がり、京の町で新選組の威光は落ちていった。さらに王政復古の大号令。そんななか、沖田が病に倒れる。しみじみ語り合う貫一郎と沖田。「僕はどうなってもかまいませんが、吉村先生、あなたは考えなさいよ」「え?」「大事な家族がいるじゃありませんか…南部盛岡は美しき国でござんす、西に岩手山がそびえ、南には早池峰山、でしたっけ」「大好きだったんですよ。そんなあなたが。勇さんも、歳さんもそうなんです」たまらなくなる貫一郎「新選組のおかげで、わしも存分に仕送りが…妻も子も、飢え死にばせずにすみ申した…なんもかんも、新選組のおかげで…!」殺戮を繰り返してきた新選組は、幕府側からも疎まれる存在になっていった。京の町を追われるように大坂に向かう途中、近藤が鉄砲で撃たれ、新選組は土方が統率することとなった。そして慶応4年正月3日、鳥羽伏見の戦いが始まる。鳥羽伏見で惨敗した幕府軍は薩長軍にひるがえる錦の御旗を見てさらに衝撃を受ける。しかし、貫一郎はひとり官軍に立ち向かう。「天皇様に弓引くつもりはござらねども、拙者は義のために戦ばせねばなり申さん」無数の銃弾と刀傷を受けて血だるまになった貫一郎に隊士が駆け寄る。「逃げろ!吉村」「でき申さん…南部の侍は、義に背くような真似は致し申さん」そんな貫一郎を殴りつけたのは斎藤だった。「女房やガキや、南部の話ばかりする貴様が、俺は大嫌いだったんだ!それを今更なんだ!押し通せ!」「おもさげながんす…!」走り去る貫一郎の背に斎藤が叫ぶ「吉村、死ぬな!」盛岡南部藩大坂蔵屋敷…倒幕か佐幕か旗色を決めかねていた南部藩にとって、新選組の脱走兵をかくまうことは、藩の運命をも左右しかねないことである。差配役の大野としては貫一郎に切腹を命じることが、出来る事のすべてだった。その夜、大野は不器用な手で握り飯を作り、佐助に持っていくよう命じる。「これは、南部の米でやんすなあ」貫一郎は顔をくしゃくしゃにして泣いた。腹を切り、虫の息となった貫一郎の目の前に、しづの幻影が現れる。「長い間、本当に、本当にご苦労さんでござりあした…どうか、お心おきなく、あの世を行って下んせ」「しづ、有り難えことじゃ…」血の海の中の貫一郎を見て、大野の中でなにかが切れる…「貫一!死ぬな。わしを1人にしねでけろ。お前がいねえと、生きていけねのじゃ」遺髪を持って盛岡を訪ねた佐助を、しづは静かに迎える。「夢ば、見たのす。夢の中で、あの人はお別れば言うてくれましたですから、佐助さんが来ることは、何日も前から判っておりました」南部藩の評定で、大野はふっきれたように宣言する。「薩長討つべし。それより他に、南部武士たる一分の立つ道はない」官軍におしまくられる南部軍の陣を貫一郎の長男、嘉一郎が訪れる。大野は嘉一郎に告げる「わしを討て」と。「わしは、お前の父に腹ば切らせた。仇討ちは子の務めじゃ」嘉一郎はきっぱりと「父の罪ば償えぬ子が、父の仇ば討つわけにはいかねがんす…ごめん下せ」言い放ち、走り去っていく。こうして、大野は一級の戦犯として捕らえられ、貫一郎の家族の行く末を息子の千秋に託したうえで、斬首された。嘉一郎は、土方が最後の戦場として選んだ函館にいた。父の生き方を聞いた嘉一郎ははらはらと涙を流す。「土方様、吉村嘉一郎は天下に向かって、父の恥を雪ぎてえのす」嘉一郎は南部の旗を掲げて官軍に突進していった…大正5年…帝大の農学教授を退官した貫一郎の次男、2代目貫一郎は初めて盛岡の地に降り立つ。そこには彼が開発した冷害に強い品種「吉村早稲」の稲穂の海が待っていた。その中を1人の侍が急ぎ足に来る。吉村貫一郎が妻子のもとへ帰ってきたのだ。家の前では、しづが幼な子を連れて待っている。吉村は走る。走る。吉村の顔は輝いている。
スタッフ
監督: 松原信吾
監督: 長尾啓司
脚本家: 古田求
脚本家: 田村惠
再生対応デバイス:
サービス提供:
株式会社ビデオマーケット
(C)2002 株式会社テレビ東京、松竹株式会社